SAAJ近畿支部第191回定例研究会報告 (報告者:荒牧 裕一)

会員番号 0655 荒牧 裕一(近畿支部)

1.テーマ Winny事件について
2.講師    弁護士、Winny事件事務局長
 壇 俊光 氏
3.開催日時  2021年9月17日(金) 18:30~19:30
4.開催場所  Zoomによるオンライン開催
5.講演概要

講師の壇先生が弁護団の事務局長を務められた「Winny事件」について、弁護人としての活動の苦労談や被告人の金子博士のエピソード等を中心に、法律面・技術面の双方の話題をからめてお話しいただいた。
なお、今回は新型コロナ感染予防の観点から、Zoomによるオンライン開催となった。

(1)Winny事件の経緯

Winnyとは、キャッシュ型P2Pファイル共有ソフトの一つであり、2002年5月に試験運用が始まり、同年12月に正式版がリリースされた。翌2003年、このWinnyを使って違法行為を行ったユーザ2人が京都府警に逮捕され、2004年には開発者の金子氏もその共犯(幇助犯)として逮捕・起訴された。
2006年の一審(京都地裁)判決は罰金150万円の有罪だったが、2009年の控訴審(大阪高裁)では無罪となり、2011年に最高裁が上告棄却決定をして無罪が確定した。
壇先生は、当時4年目の若手弁護士だったが、正犯の弁護人の方から勧誘されて弁護団に入り、事務局長を務めることとなった。

(2)公判までのエピソード

最初の問題は金子氏の保釈金をはじめとする金銭の工面であった。幸い「2ちゃんねる(当時)」で寄付を募っていたため弁護人名義の銀行口座を作ったところ、最終的に1,600万円も集まったそうである。
また、日本の取調では警察・検察が独白風の調書を書き、取り調べを受けたものがそれに署名する。いったん署名すると本人が言ったものと扱われ、公判でそれは違うといっても裁判所はほとんど信じないのが現実である。ところが、プログラムのことしか考えない金子氏はその重大性を理解しておらず、捜査側に都合の良い「著作権侵害蔓延目的」を認める調書に簡単に署名していた。そのため壇先生は接見して説得し、ようやく以降は黙秘をするようになった。
保釈の際にも、検察側は「関係者と通謀して罪証隠滅する。」「自殺する可能性がある。」等現実離れとも思える理由を出して反対したが、最終的には保釈が認められた。

(3)一審について

初公判は、64の傍聴席に246人が傍聴券を求めるほど注目を集めた。冒頭陳述で検察側は、「Winnyは専ら著作権侵害のための技術である。」「被告人(金子氏)は著作権侵害まん延目的であった。」と主張した。これに対して弁護側は、「Winnyは応用可能な基礎技術である。」「Winnyを実証実験目的で作った。」「法律論として幇助は成立しない。」と反論した。また、技術面ではインターネットを日本に導いた村井純先生に証人になっていただいたり、法律面でも刑法の大谷實先生や著作権法の田村善之先生、大友信秀先生に意見書を書いていただいた。
また、弁護人から捜査官への尋問で「自分が見本を書きました」との証言を引き出したり、JASRAC京都支店で行われたWinnyの技術立証の際には、ダウンロードされたソフトのほとんどが合法のものだったといった、弁護側に有利な出来事も多かった。
検察側は懲役1年を求刑し、弁護側は無罪を主張したが、残念ながら一審判決は「被告人を罰金150万円に処する。」であった。検察との戦いには勝ったという手ごたえがあったものの、ACCS(コンピュータソフトウェア著作権協会)の担当者が「ファイル共有利用実態調査でファイル共有ソフトでダウンロードしたファイルの92%が著作権侵害であった」旨証言したことが原審裁判官を誤らせたと考えている。

(4)控訴審について

控訴審では、この事件の全ての責任を自分が負うべきという判断の下、弁護活動の全部の主担当をした。また、統計の専門家である田中准先生に証人になっていただき、ACCSの調査について「人の記憶を介して母集団を判断することは、統計上誤り。」「Winnyの利用実態は、著作権侵害の可能性が高いファイルは、せいぜい、全体の3~4割程度。」等を明らかにした。
その結果、控訴審では「原判決を破棄する。被告人は無罪」との判決を得ることができた。この高裁判決では、幇助犯の成立について「ソフトの提供者が不特定多数の者のうちには違法行為をする者が出る可能性・蓋然(がいぜん)性があると認識し、認容しているだけでは足りず、それ以上にソフトを違法行為の用途のみに、又はこれを主要な用途として使用させるようにインターネット上で勧めて提供した場合にほう助犯が成立すると解すべきである。」という判断基準が示された。

(5)上告について

控訴審判決に対し、検察側は「判例違背」「法令の重大な解釈の誤り」を理由に上告した。しかし2011年12月20日に上告は棄却されて無罪が確定した。壇先生はこのニュースを東京行き新幹線の中で開いたTwitterで知り、急遽東京で記者会見が開かれることになった。
ただし最高裁決定では、幇助犯の成立について高裁判決のように限定する見解はとらず「例外的とはいえない範囲の者が同ソフトを著作権侵害に利用する蓋然性が高いと認められる場合」とした。この基準はとても曖昧で、二度とWinnyを作ることはできなくなってしまうという問題は残る。
その後の実務では、幇助犯の代わりに正犯、間接正犯、共同正犯で起訴する事案が増えた。また、著作権法だけでなく、不正競争防止法や刑法についても酷い拡大解釈が行われているのは残念である。

6.所感

講師の壇先生は、情報処理技術者(応用情報技術者、情報セキュリティスペシャリスト、プロジェクトマネージャ、ITストラテジスト)にも合格されており、法律、ITの両面に精通している専門家である。また非常に気さくな性格で講演の口調も親しみやすく、2時間の講演時間があっという間に過ぎた。Winny事件については少しずつ私たちの記憶から遠ざかりつつあったが、今回事件の最前線で苦労された関係者のお話を聞くことができ、改めて有能な頭脳が逮捕という形で封印されてしまった事実を残念に感じた。

以上